『−月光前夜−』
バタン
扉を閉じる音に昨日の夜の記憶が頭をよぎる。
誰もいない部屋で草薙は静かに瞳を閉じた―――――
「全く、八重樫のやつは本当に酒に弱いなぁ。すまないね、手伝わせてしまって。」
「いや、そんな礼はいい・・・」
「そうか?でもまぁ小柄な八重樫とはいえ、私一人で運ぶのは無理だからな、助かったよ。
さて、わし等はもう一杯といくか」
「そんなに飲んでいいのか?明日は・・・」
「何を言ってるんだ!今日は君の独身最後の夜だぞ?これからが本番じゃないか!」
「独身最後、ねぇ」
草薙は少し自嘲気味に笑った。
その笑いに国木田もまた「はは」、と応えてやる。
「今どんな気分だい?緊張してるかね、やっぱり」
「緊張っていうよりは・・・いまいち真実味に欠けているというか」
「はっは。家庭を持つんだからなぁ仕方ないかもしれんな」
そう言ってさっきまで座っていた場所に再び腰を下ろす。
それを見届けると草薙も席に着いた。
そして互いに一杯。
少しの沈黙。
月明かりに照らされた部屋。
二人の男は酒の味をゆっくり味わった・・・。
暫くしてその沈黙を破ったのは、月を見上げるのを先に止めた男だった。
「草薙君」
国木田は少し真剣な眼差しで目の前の男を見つめた。
それと同時に草薙も月から瞳を逸らす。
「何だよ、急に改まって」
草薙は飲みかけの杯をテーブルの上に置き、彼もまた目の前の男に視線を返した。
それを見届けると国木田は、安心したかのように、手に持つ杯の水面にふっと視線を落とす。
そしてポツリと言葉をこぼしていく。
「紅葉と私は・・・何のつながりもない、言ってみれば他人だ・・」
「・・・?」
突然の言葉に眉をしかめる草薙。
それを予感していたかのように国木田は言葉を進めるのを止めはしない。
「血のつながりもなければ」
国木田は杯に注がれたそれをくいと飲み干した。
そしてまた言葉を続ける。
「勿論戸籍上のつながりもない」
「・・何で急にそんな話を」
「あの子には亡くなったとはいえ、れっきとした父親もいるしな」
何やら様子がおかしい目の前の男。
「おい、」
冷静なのかそうでないのか、草薙はそれを確かめるかのように一先ず制止の声を上げた。
「・・・一体何の話を」
「それでも・・・!」
しかし草薙の声は国木田の言葉に掻き消されてしまう。
国木田の強い言葉が夜の部屋に静かに落ちた。
「それでも紅葉は私の娘だ」
「・・・!」
「私はそう思っている」
「・・・・・」
静まり返った部屋に突然国木田の笑い声が響き渡る。
「はははっ。すまないね、突然こんな話をしてしまって・・ただ」
「・・・ただ?」
「私があの子をどれだけ大事に思っているか君には分かっておいて欲しくてね・・それだけだよ」
「・・・そうか」
「まぁあの子はどうおもっとるかは分からんがね、ははっ」
国木田はそう言うと杯に酒を注いだ。
草薙はそんな国木田の姿に瞳を細める。
そして言葉を紡ぐ。
「・・・。あいつも・・・そう、思ってるさ。あんたを・・大事に思っている」
国木田は少し驚いた様に一瞬眼を開いたが、すぐにその表情を笑みに変えた。
「そうか?はは、そうだったら嬉しいよ・・・有難う。草薙君」
「別に・・本当のことだろ」
「・・・泣かしてくれるなよ・・・?私の、娘を」
「・・・ああ、分かってる」
カツン、と杯を交わした後、明日自分の義理の父親になるであろう男がニッと幸せそうに笑った。
「ところで・・・」
「ん?」
「紅葉とはどこまでいっとるんだね?」
「ぶっ!!!」
「まぁ明日結婚式を迎えるわけだしな、ここからは男同士の暴露話といこうじゃないか!
はっはっはっはー!」
「そ、それが花嫁の父親の言うことか・・・?」
「父親も色々だよ、い・ろ・い・ろ!」
月夜の静かな部屋に、国木田の笑い声が少し寂しげに、けれど大きく響いた。