学校
昭和55年夏
小学校の用務員のアルバイトをしている友人Mから、1本の電話が入った。
「今日の夜、ここの小学校で10時から肝試し大会をするから来い」というものだった。
行く旨を伝え、電話を切った。

午後9時50分過ぎに小学校に着き、裏口から用務員室に入った。
私も含め12人もの人間が、Mから誘われて6畳の部屋にひしめいていた。
「さて、俺が用意をしてくるから」
と、Mは壁に掛けてあった工事用ヘルメットを一つ手にして、校舎の奥へ
消えていった。
しばらくして、Mが帰ってきた。
Mはルールの説明をした。要は「4階にある給食室の前の机に置いてあるヘルメットを、
二人一組で取ってくる」というものだった。
私は最後の組で、最近知り合った身長180pもある体格の好いTさんと、一緒に行くことになった。
用務員室のテレビを見ながら自分たちの番を待っていた。
皆が次々に出かけては、「怖かった、夜の学校は怖いよ。」と言いながら、帰ってきた。
いよいよ私たちの番だ。

廊下をTさんと歩いていると、急にTさんが
「実は俺、こういうのは苦手なんだ。悪いけど一人で行ってくれ」
と言い残し、一目散に用務員室に逃げ帰ってしまった。
負けず嫌いの私は「しょうがねぇな」とぶつぶつ言いながら、
4階の給食室の前まで歩いてきた。
「うん?」
目の錯覚だろうか、机の上に置かれているはずのヘルメットが
人の背の高さに浮かんでいる。
どう考えても変だ。
小学生が使う机がそんなに高いはずがない。
目をこすってもう一度見てみる。
すると机の上にちゃんとヘルメットが乗っている。
「やっぱり目の錯覚だったんだ」
独り言で気を紛らわし、ヘルメットのアゴひもを持って
階段の方へ向かって行った。
階段を一段一段下りていると、ヘルメットがずんずん重くなってきた。
それに“ズズ、ズズ〜”と何かを引きずっているような音がする。
「何だろう?」
何気なく手元へ目をやると、
私は、血だらけの工事人夫ごと、ヘルメットを持っていた。
「ぎゃー」
叫び声を上げ、ヘルメットを投げ捨てようとしたが、手から放れない。
何度も何度も手を振ってようやくヘルメットが手から離れた。

後はなにも憶えていない。
ただ、用務員室の毛布にくるまって、ガタガタ震えていた。
皆が心配して、何があったのか聞いてきたが、何故か話してはいけないような気がして、
口を噤んでいた。
それから1年位してからMに話をした。
すると彼は
「ここの校舎が建て替わるときに、給食室のところから工事人夫が落ちて亡くなった。
その時に、給食室の横に落ちていたヘルメットがあれだったらしい」
と教えてくれた。
それから私はその小学校の近くを通るたびに、手を合わせて祈っている。
「成仏してください」と。