顔 |
私は夏でも半袖の服が着られません。どういう訳があるのか、お聞きになりたいですか? 何げない日々をおくっていた私が、ある出来事がきっかけで、 おぞましい体験をするとは、夢にも思っていませんでした。 今から1年2ヵ月ほど前のこと、玄関で靴を履こうと屈み込んだ時、左肘を靴箱にぶつけてしまいました。靴箱の角で打ったのか、肘から血が出ていました。でもあまり時間がなかったので、消毒などせずに絆創膏を貼って出かけました。 時折刺すような痛みがありましたが、気にも留めませんでした。2日後の夜、お風呂に入った時に、明らかに前日とは違うズキッとした痛みに、 肘を見てみると、少し赤みがかってはいるものの、カサブタができて血も止まっていました。「あと何日かすると、青たんになるのかな」と、独り言を言いながらお風呂から上がりました。 それから1週間たっても10日たっても、カサブタが取れる気配がありません。肘を打ってからまる2週目の日でした。その日もお風呂から上がって髪を乾かしたあとに、肘を見てみました。カサブタは無くなっていましたが、そこにポツっとちいさな水疱ができていました。それが唇の形によく似ていたので、「唇みたい」とそれにキスをしました。そのちいさな水疱が可愛くて毎日それにキスをしていたのです。 そんなことが5日ぐらい続いたあと、よく見てみると、そのすぐ上に鼻のような形の水疱ができていました。気持ち悪くなり、その水疱を消毒した針でつぶそうとしたのですが、あまりの激痛に、途中であきらめました。 それからというもの、水疱が日を追うごとに増えていくのです。それも、目、耳、輪郭、皺など約1ヵ月でどう見ても人の顔が出来上がってしまったのです。私の、左肘に。 病院ですか? もちろん、行きました。 病院で手術をして取り除こうとしたのですが、なぜか麻酔が効かず手術は不可能となったのです。 私は、あきらめました。気持ちの悪いできものでも害はないから。 そう思うと、気が楽になって前よりも活き活きとした生活を送りはじめたのです。それに、前から気にかかっていた上司のSさんから食事に誘われたのです。 Sさんと2人、夜景が見えるホテルのレストランで食事をしている最中に信じられないことが起こったのです。会社の事や家族の事など話していました。すると、急にどこからか「俺にも食事をさせてくれよ」と声が聞こえてきたのです。私達は辺りを見回しましたが、近くのテーブルには誰もいません。不思議そうにお互いを見つめているとまた「早く、早く食事をさせてくれよ」と聞こえてきたのです。 その声の出所がはっきりしました。 そうです、私の左肘にできた人の顔をした水疱が喋ったのです。必死でそれを隠しながら、私はトイレにかけこみました。その顔はずっと喋っています。 「なんで、俺には食べ物をくれないんだよ。そんな事するならどうなっても知らないぞ」 「あ、あなたは・・・、何」 「俺か?、俺は、えーと、名前はまだない。生まれたばかりだから」 「どうして、私の身体にできたの? どうして喋るの?」 泣きながら、私は聞きました。 「知りたいか?じゃぁ、教えてやろう。 俺は昔人間だった。12人殺して、殺した奴らにたたられて死んでしまったのさ。その時に、殺した12人の怨念も一緒に背負いこんじまった。まぁ早い話が、そいつらに引きずりこまれたんだな。そんなだから、そいつらの魂も俺の魂も成仏できない。だけど、不思議なものだよな、俺に千載一遇のチャンスが来た。 生まれかわるんだよ。 でも、人間じゃなかったな。 無花果の実になっちまった。 そのまま腐って落ちるか、じゃなきゃ鳥に食べられれば、またいつの日か生まれかわる事ができたろうに。残念ながら、その無花果の実をお前さんが食べたのさ。そう、怨念がいっぱい詰った無花果の実を。 あきらめるんだな。俺からは逃れられないよ」 あぁ、たった1個の無花果の実が私の身を滅ぼそうとしている。 私は気が遠くなりました。 いろいろな所に救いを求めて、行きました。 病院や霊媒師、いろいろな宗教にもすがりました。 しかしどこも効果がなく、すがればその後苦しめられるのです。 1日中、その顔が唸り声をあげるのです。 ましてや1月に1個、いいえ1人増えていくのです。 それも体中のあちこちにできてきたのです。 やはり、小さな水泡が・・・。 それに、どれもが喋るようになって・・・恨み言をずっと。 たぶん私の命はもうあまり長くないと思います。 もう、疲れました。私も生まれ変わるときには、無花果の実になるのでしょう。 枇杷の実や無花果の実は、病人の声を聞いて大きくなるのだとか。 無花果にお気をつけください。 |