耳について離れない
コマーシャルや、ラジオで流れていた音楽が耳について離れないことがよくありますよね。
私の場合は、夢の中で聴いた音楽なんです。

あれは1ヶ月ほど前の明け方4時頃、夢の中で不意に聞こえてきた音楽です。
民族音楽のような太鼓を打ち鳴らして、まるで闘いの前の雄叫びのようでした。
どこの言葉かはわからないのですが、何十人もいるかのような騒がしい中に、ただ一言だけ聞き取れるものがありました。
「ティンドゥバ・ドゥバドゥダ」
意味も何もわかりませんが、そういうふうに聞こえます。
その音楽は毎晩の夢で繰り返し流れるようになりました。

それから1週間後でした。
最初のうち小さかった「ティンドゥバ・ドゥバドゥダ」という言葉は
日に日に大きくなってきました。
昼食後、外出しようと玄関まで来た時、
突然「ティンドゥバ・ドゥバドゥダ」という言葉だけが、
ぐるぐると頭の中で回り出しました。
私を囲む人の輪ができて、ぐるぐる周りながらその言葉をずっと叫び続けているようでした。
その直後、左腕に鋭い痛みを覚えたのです。
見ると、腕から血がしたたり落ちています。
しかし、けがをしたような外傷も見あたりませんでした。

翌朝、主人を送り出して、今度は洗濯物を干していた時でした。
また、聞こえてきました。
声がだんだんと大きくなって耳をつんざく叫び声に変わった時、
目に激痛が走り、右目から血が噴き出しました。
近くの病院へ駆け込みましたが、診察を受ける時には血は止まっていました。
念のためにと全身のレントゲンを撮ると、
それを見るなり、医者が叫びました。
「身体の中にたくさんの針状の物体がありますよ!
これまでの腕や目の痛みはこれが原因でしょう。
しかし大切な内蔵や動脈を傷つけるおそれがありますので、全て取り除くのは不可能です。」
私は青ざめました。
ふらつく足取りでようやく家に着き、診察結果を夕刻帰宅した主人に伝えました。
すると主人は「そんなことが、あるはずがない。おまえも医者もどうかしてるんだ」
と相手にもしてくれませんでした。

次の日、役所へ行った帰りに恐ろしいことがまた起こりました。
「ティンドゥバ・ドゥバドゥダ」
一段と声が大きくなってきたその瞬間、
全身から針が飛び出してきたのです。
そうです、私は体の中から串刺しにされたのです。
幸い命は取り留めました。

今度は主人も現実を受け止めてくれました。
病院で再検査を受けた時、再び体の中に針状の物が
全身に出来ている事がわかりました。

通院していた病院の帰りに、ふと立ち寄った喫茶店で
若い女性達の会話が耳に入りました。
中の一人は不倫をしているらしいのですが、
相手の奥さんを呪術で苦しめて殺してやるという怖い話でした。
アフリカ地方の、人形に針を刺しながら呪文を唱える古典的な呪い。
驚いたのはその呪文でした。
「ティンドゥバ・ドゥバドゥダ」
耳について離れないあの言葉そのものだったのです。
私を?気を失ってしまいそうでした。

家へ帰ると主人は先に帰宅していました。
彼がお風呂に入っている間に、
そっと携帯を盗み見ると、女性の写真が入っていました。
喫茶店で「呪いをかけている」と言っていた人でした。
その時、持っていた携帯が震えてメッセージが着きました。
私が盗み読むことを想定していました。
「お気の毒さま、もう誰にも止められないよ」と。

それからも毎日あの忌まわしい音楽は聞こえています。
夢の中はもちろん昼間も、何をしても、もう消せない。
あと何日生きられるのか。
ただ、殺されるのをじっと待っているだけ。

「ティンドゥバ・ドゥバドゥダ」・・・。
音楽が私を殺しにやってくる。