坂道
坂道って怖くないですか? N県S市K町の小高い丘の下り坂です。
私がその坂道を通ったのは、小学6年生になってすぐの4月でした。
クラスで友達になったY子ちゃんの家に遊びに行った帰りに起こった事なのですが・・・。
Y子ちゃんの家は小高い丘の上にあって、
自転車をこいで急な坂道を登るのは大変だったので、 押して登りました。
夢中で遊んでいた私は、母からの電話で夜7時を過ぎているのを知ったのでした。

外はもう暗くなっていたので、急いで家に帰ろうと下り坂に向かって
自転車を走らせました。

そのあたりは街灯も少なく、折からの春風に坂道の桜が、
吹雪のように舞い上がるのだけが、 ぼうっと見えていました。
気持ちよく私はペダルをこいでいたのですが、
この急な坂道ではスピードがどんどん出て危ないと思い、
ブレーキを掛けようとしました。が、ブレーキが効きません。
怖くなって足で止めようとペダルから足を離そうとしても離れないんです。
どうして!
突然、笑い声が。きぃひひ…。それもすぐ耳元から。
私は必死でペダルから足を離そうとしました。

ペダルに目をやると・・・ ペダルじゃない。

人間の手が私の足をしっかり掴んでいたんです。

気がつくと、道路に倒れていました。10m位先に自転車は横たわっていました。

血だらけになった私がかすむ目でその時最後に見たのは、
自転車から突き出た人間の手が、キィキィキィ…とペダルのように回って・・

私は頭に大けがをして、3ヶ月間入院と診断されました。
父と母にその夜の話をしても信用してくれません。
自転車はどこも壊れていなかったし、その坂道には桜の木なんて無かったから。

「頭の打ち所が悪かったからねえ」と時々来てくれる母が言います。
実は私は全快できず、まだ病院にいるのです。
もう十年経つそうですが、病室暮らしもなかなか快適です。
窓から空を見上げれば、今日も鉄格子越しにほら、桜吹雪が・・・。