雪山 |
冬になると、家のまわりは雪に覆われ、 山中に入ることもできなくなる位に積ります。 北日本の小さな山すそにある私の村。 去年の冬にその山で、身の毛もよだつ恐ろしいことがありました。 それをお話しいたしましょう。 とてもキレイに晴れて気持ちのいい朝でした。 玄関から出ると、少し先の雪の中に女の人が倒れていました。 急いでそこへ行くと、黒い髪の毛の塊が落ちていただけでした。 女の人の姿はどこにも見当たりませんでした。 「錯覚だったのかな?」 私は家に戻りました。 その晩、夢を見ました。 夢の中で、女や男合わせて五人の人達が口々に 「助けて」 と、言うのです。私はそれをただじっと見つめているだけでした。 助けようにも声も出ないし、身体も動かない。 はっとして目を覚ますと、その夢の中に居た5人が 顔を覗きこんでいたのです。 「きゃー」 声が出ました。 その瞬間、五人が消えてしまいました。 彼等が来る時は、必ず寒気と耳鳴りがして、目がかすむのです。 冬の間中、彼等は毎日私に助けを求めてきました。 それは気も狂わんばかりの苦しみでした。 ほとんど寝ても覚めても彼等の声が聞こえるような気がして・・・。 ようやく春になり雪が溶けました。 でもこの春は犬の態度が、いつもと少し違いました。 山へ続く道の方をずっと見ていて、時々そこに向かって吼えるのです。 猪などの獣が近づいた時とは比べものにならないくらい、 狂ったように吼え続けるんです。 ある日、とうとう犬が鎖を引きちぎって山へ入っていきました。 私は心配になって探しました。 「タロ、タロ、どこに行ったの?」 一時間も探した頃でしょうか、ふっと振り返った私は目を見はりました。 女の人が立っていて、手招きをするのです。 その人を、私は知っています。 ええ、夢の中で苦しめた五人の中の一人なのです。 その場に立ちすくんでいると、 彼女が音もなく近付いてきて、連れていこうと腕を取るのです。 恐くなり、その手を振り払って駈けだしました。 家のほうへ走っていたはずなのに、 私はなんと、樹海の奥へ入っていっていました。 だんだん日が暮れて、戻ろうにも道がわからなくなっていました。 このまま迷ってしまうより、どこかで一夜を明かした方がいいと思い、 寝場所を探しました。 三十分も探したでしょうか、洞穴のような所がありました。 恐る恐る近付いて中に石を投げてみたり、 大きな声を出してみたりしてみましたが、 さいわい獣はいないようでした。 中は意外に広く奥は深そうでした。 穴の出入口近くで一夜を過ごすことにしました。 どれくらい眠ったでしょうか、また夢を見ました。 その夢はいつもと違って五人全員が頭を下げて、 「ありがとう、ありがとう」 と、言っていました。 はっと目を覚ますと身体にダウンジャケットが掛かっています。 トレーナーとジャンパーしか着ていなかったのに・・・。 それを気にしながらも、また眠ってしまいました。 日が昇り、再び目を覚ましてダウンジャケットを見てみました。 汚れてはいるものの、ほころびはないようでした。 うす暗い洞くつの奥に目をやると、タロがうずくまっています。 そこに何があるのか、勇気を振りしぼって行ってみました。 タロの前に、五つの死体が折りかさなっていました。 夢中で外に出ました。 傷だらけになりながら歩きまわって、ようやく家に辿りつきました。 110番に電話をし、警察の人と再びその洞穴へ行きました。 中の一人がセーターだけでいた事をはじめて知りました。 「もしかして、あのダウンジャケットは」 と、頭をよぎりました。 その後、あの夢も見なくなりました。 警察からの連絡では、 あの五人は、秋の終りに山菜取りに来ていた家族だったそうです。 途中で道に迷い、あの洞穴で数日過ごしている間に、 雪に囲まれでるに出られなくて、 そのまま亡くなってしまったようでした。 お名前も知りませんが、五人の方のご冥福をお祈りいたします。 |