雨の匂いがする 2001/06/07UP

もともとは、父から聞いた話だった

雨が降る少し前には、空気に雨の匂いがしてくる、と。
どんなにおい?と私は聞いた。
かいでみればわかる、と答えられても、子供の私には全くわからなかった。
夏の夕方など、夕立の前には殊更匂いがするという。
そんなの嘘じゃないの?と長いこと考えていた。
まじめな顔をして、人をからかうのが好きだったから。

父が亡くなってから、しばらくたって、空気がどんよりと重く、風がふわりと吹くとき、
不思議な匂い、というか、そういうものを身体全体で感じることがあった。
ああ、雨の匂いだ、と私は初めて思った。

私が感じたのは、本当は違うのかもしれない。もはや、確かめようはないのだ。

父は農家の出身だった。公務員として永年働いていたが、
自分の家を持ったとき、家の敷地と同じくらいの広さの庭を造って、
みんなをびっくりさせた。
花や木をたくさん育て、
「俺はやっぱり由緒正しい水呑み百姓のせがれだな」と
よく言っていた。

そんな父には、季節の前触れも、雨や天気の変わり目も、
ちゃんとわかっていたのだろう。

若い頃には、雨の匂いなど、どうでも良かった。
命がいつまでも続くように思えた頃には。
今、終わりの時も考えられるようになり、毎年同じように桜が咲いても、
つぼみも桜吹雪も、葉桜さえ、すべて感じたいと願う。

両手を広げて、生きている喜びとともに味わうのだ。