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首切り(1) |
僕がこれから話すのは、数年前にGさんという大学の先輩に聞いた話です。 ○○大学に入学した友人がいたそうです。 仮に名前をT・Mとしておきましょう。 ある日の夕方、歩道を歩いていたTは 車道の真ん中に男が立っているのを目撃した。 「道路の真ん中で危ないな」と、独り言を言ったあと、Tは叫んだ。 「あっ、ぶつかる!」 だが、ぶつかるはずの車が何台も、男の体を通り抜けていくではないか。 気味が悪くなったTは、急いで自宅に戻った。 だがどうしても気になって振り向いたとき、 男の冷たく鋭い目はじっとTに注がれていたのだ。 数日後、その気味の悪い男の事は、すっかり忘れてしまっていた。 Tは、もともと少し迂闊な男なのだ。 夜、母親に促されるまま風呂に入った。 入ってしばらくすると、浴室のドアをノックする音がする。 トントン、トントン 「何?」Tが問いかけても返事がない。 ドンドン、ドンドン ノックの音が激しくなった。 「だから、何?」再度問いかけると 「M男、開けなさい」と母親の声がする。 「何か用?」 「シャンプーがなくなっているでしょ」 「シャンプーなら、俺が昨日入れ替えたって言ったろう」 「いいから、開けなさい」 「うるさいな、用もないのに入るなよ!」 それっきり母親の声はしなくなった。 しばらくして風呂から上がったTは、食事の支度をしていた母親に 「シャンプーは昨日入れ替えたばかりじゃないか」と、くってかかった。 「え?何のこと」 「とぼけるな、さっき風呂場にきてドアを開けろって、しつこく言ったじゃないか」 「いーえ、そんなこと言わないわよ。だいたいあんたがお風呂に入っている間、 私はずっと台所で炊事してたのよ」 「それ本当かよ」 「本当よ、何でわざわざ嘘を言わなきゃいけないのよ」 「あぁ、そう、ごめん。変だなあ」 その頃から、T・Mは学校を休みがちになった。 Gさんが心配してTの家に行くと、母親が出てきたそうだ。 「実はM男が最近変なのよ。あの子の部屋のそばへ行くと、大声で誰かに叫んだり、 物を投げつけたりしているようなのよ」 「そうですか。じゃ、会わない方が・・」 「ううん、G君だったら安心できると思うから、何があったのか聞いてくれない?」 「まあ、とにかく話聞いてみます」 トントン、ノックをしてドアを開け、 「T元気か?」と声をかけた。 部屋の隅でうずくまっていたTはゆっくりと顔を上げ、 「あぁ、Gか。まぁ入れよ」と言った。 「おまえ、なにかあったのか?」 「でもお前に言っても、きっと信用しないしな」 「水くさいよ、何があったか言ってみろよ」 「実は・・・」とTはふしぎな男に会った日のことを話してくれた。その話を聞いてから、4日後の夜のことだった。 Tの母親から携帯に電話がかかってきた。 「Gくん!M男が、M男が・・・」 取り乱していて、何を言っているのかよくわからなかった。 「おばさん、落ち着いて」 GさんはTの母親を叱りつけると、聞き直したそうだ。 「Tがどうしたの?」 「M男が風呂場で血だらけで、動かないのよ」 「え?それで警察には電話をしたの?早く警察に電話をして。 それに救急車も。僕もすぐにそっちへ行くから」 「お願い!」 電話を切るとGさんはタクシーでTの家へ急いだ。 着くと、警察がもう来ており、 Tは首を切られて出血多量で絶息していたらしい。 事情聴取を受けていたTの母親がようやく解放されたのは、 午前2時を過ぎていた。放心状態の母親に聞くのは、 気が引けたが、聞かずにはいられなかった。 「何が起こったんですか?」 「わからないのよ。M男はお風呂に入っていて、 私はいつも通り夕飯の支度をしていたら、 風呂場から何か怒鳴る声が聞こえてきたの。 最近、M男はお風呂に入ると必ず中で怒鳴っているのよ。 だから私もいつもの事だからとあまり気にも留めずに いたんだけど、お風呂場のドアが急に開いたと思ったら、 ギャーって声がしたの。 びっくりしてお風呂場に駆けつけたら、M男がM男が うぅぅぅぅ」 その後は泣き崩れてしまい、話は聞けなかった。 2日後、死因がわかったとTの母親が連絡をくれた。 凶器は鎌のような物で、頸動脈を一断ちされたらしい。 自宅から凶器は発見されず、不思議なことに返り血を浴びたはずの犯人の 足跡や痕跡が一切発見されなかった。 そこで、Tの母親が第一発見者でもあり、最有力容疑者になっていた。 しかし動機がないことがわかり、すぐに容疑は晴れた。 (続く) |