首切り(2)
数日後、大学でGさんは変な噂を聞いた。
「Tが死んだのは『怨みの声』を聞いたからだ」と。
見えるはずのない変な生き物が見える人が近頃いて、
そいつに魅入られると、皆一様に変死しているという。
自分の部屋やトイレ、風呂場など一人でいるときに、
親しい人の声色を使ってドアを開けさせ、開ければ最後、
刃物で頸動脈を切って殺されるという。
Tから聞いた話とよく似ている。それに、Tの死因ともよく似ている。
偶然だろうか?いや、多分偶然ではないのだ。しかし、警察に話をしても、信用してくれまい。
正体を突き止めてやる。

どこから手を付ければいいのだろう。
悩んだあげく、Tが奇妙な男を目撃した道へ行ってみた。
あたりを見回すが、もちろんそれらしい男はいない。
手がかりを見つけられぬまま、いったん自宅へ帰る事にした。
帰り道に公園のそばを通ると、奇妙な女を見た。
すべり台の上に立って空を見つめている女だ。
いや、立っているのではない、宙に浮いているのだ。
その女は、急にこちらを振り向くと、薄ら笑いを浮かべた。

怖ろしくなって家に逃げ帰った。Tの時と同じじゃないか。
あの噂が思い出された。どうにかして一人にならないようにと考えた。
夜12時を過ぎると、家族は皆寝てしまう。
中学生の弟と一緒の部屋にいれば大丈夫だろう。
そう考えて、弟の部屋へ布団を運んだ。
弟は、「まぁいいや」と同意してくれた。
深夜1時頃、弟がむっくり起きだしてトイレに行った。
たった数分の事だからとタカをくくっていたが、そのあとすぐにそれを後悔した。

ドンドン 
「兄ちゃん、開けてよ!」
なぜ、自分の部屋に入るのに、弟は開けてくれと頼むのだ?
「誰だ」
「僕だよ。開けてよ、兄ちゃん」
「嘘だ、太一なら自分で開けろよ」
「兄ちゃん鍵をかけてるだろ?」
「かけてねぇよ。自分でドアを開けて入って来いよ」
ガチャッ
ドアが開いて弟が入ってきた。
「兄ちゃん誰と話してたの?」
「お前とだろ。今、ドアを開けろって叫んだじゃないか」
「何言ってんの?トイレから帰ってきたら、兄ちゃんが誰かと喧嘩してたんじゃないか」
それ以上聞きたくなかった。あれは、誰だったんだ?
耳をふさいで、布団に潜り込んだ。
朝になって弟が起きた。結局一睡もできなかった。
朝食を食べに、弟と二人で居間に降りて行くと、父も母も居なかった。
書き置きだけがあった。

“親戚のおじさんの法事で○○に行って来ます。
明日の夕方には帰ります。”

「あぁそうだ、兄ちゃん。今日は僕、部活で帰りが遅くなるから」
「そうか」
それしか言えなかった。
友人のところにでも今日は泊めてもらおうと考えて、大学に向かった。
構内で知っている人間に片っ端から声をかけて、泊めて貰おうとしたが、
皆予定やら都合があって、泊めてくれる友人はいなかった。
仕方なく、一人で家に帰った。
夕暮れが近づいてくる。
片っ端から家中の灯りをつけて、静まり返った家の中で一人怯えていた。
ドンドン、ドンドン
来たっ!恐怖に引きつった自分の顔が鏡に映し出された。

「おい、G開けてくれよ」
なんと、その声は紛れもなくTだった。
「お前、死んだんだろ?」
自分の声が震えているのがわかった。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ」
「俺はTの通夜にも行って来たんだぞ。お前は誰だ!」
「俺はこの通り生きているぞ。あそこで死んでたのは別のやつだよ。
 お前が信用しないかもしれないから、お袋も連れてきたんだ」
「G君、私よM男の母よ。あなたにも心配をかけたけど、M男は昨日戻ってきたのよ」
「嘘だ!!そんな事あり得ない!
 俺は、通夜でちゃんとTの顔を見たんだ!」
ドンドン、ドンドン、ドアをたたく音は続いた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
必死で何回もお題目を唱えた。
すると、どうだろう。
今までドンドンとドアを叩いていた音がピタリと止んだかと思うと、
Tとその母親の声もしなくなった。
確かめるため、すぐにTの母親に電話をかけてみた。
「もしもし、Tさんのお宅ですか?」
「はいそうですが、どちら様ですか?」
「あ、Gです、どうしていらっしゃるかなと思って。
 お元気ならいいんです、失礼します」
間違いない、さっきの声は本当の二人ではなかった。
Tの家は僕の家から車でも30分はかかるのだ。
電話の近くで、お坊さんがあげているお経の声が聞こえた。
そうだ、今日はTの初七日の法要だった。

ドンドン、ドンドン
「ただいま、母さんよ、早く帰ってこれたの。
 S男、開けなさい。S男」
母の声だ。しかし、信用するわけにはいかない。
自分で鍵を持っているはずだ。何故、開けさせようとする?
ドンドン、ドンドン
もう一度お題目を唱えてみた。
「南無阿弥陀仏」
ドアを叩く音が止んだ。
プルルルル、プルルルル
電話がかかってきた。
「はい、Gですが」
「これで済むと思うなよ。一人の夜は気をつけな」
ガチャ、プープープープー
怖ろしくなって、ステレオ、テレビなどありとあらゆる物のスイッチを入れた。
少しは恐怖心を紛らわしたかった。
突然、家の電気すべてが消えた。
ドンドン、ドンドン
「開けろ、おい開けろS男」
今度は父の声だ。
「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」
声が聞こえなくなった。

その時、突然玄関のドアが開いた。ようやく、弟が帰ってきたのだ。
「あぁ、お帰り、お前もうどこにも行かないよな?」
「どうした、兄ちゃん。家の中、真っ暗じゃないか。
 何やってたんだよ。そりゃもうどこにも行かないけど」
と言いながら、弟は2階の自分の部屋へ上がっていった。
「いや、それならいいんだ」
ほっとした、これで大丈夫だ。もう一人じゃない。
と、その時、ドンドンドンドンとまたしても玄関をノックする音が。
「Gさん回覧板ですよ」
何だ、隣の家の人だ。
「はい」
玄関をあけた。

そのへんは、Gさんの弟に後日聞いた話だ。
玄関先で、Gさんは頸動脈を切られて死んだという。
弟に最後に「アノサンサノゴ」とだけ伝えて。

実は『恨みの声』という噂には続きがあって、
その噂を他人から聞いたり、本などで読んだりした人も
何人か不可解な死を遂げているといいます。
Gさんの弟の太一君も、僕にその話をしてくれた数週間後、殺されました。
聞いたことありませんか?つい最近でも、迷宮入りになっている
妙な殺人事件があったでしょう。

だったらなぜ、お前が死なないのかって?
当然です。
なぜなら、僕が死んでくれる人を選んでいるからです。
お解りですか?
「アノサンサノゴ・・・」