祈り(1)

私は、今年16歳になりました。
17歳の誕生日は、もう来ないかも知れないから、
今のうちに母のことをお話ししたいと思います。

父は私が生まれる前に亡くなったらしく、ずっと母1人子1人の生活でした。
「その事」が始まったのは、私が6歳の誕生日のことでした。
朝起きると、目が開けていられないほど痛むのです。
母は私が泣いているのに気が付き、急いで病院に連れていってくれました。けれど、いろいろな検査をしたにもかかわらず、原因どころか病名すらわからなかったのです。
それから母は私を連れて、いくつもの大学病院や国立病院を廻りました。
どこへ行っても医者は首をかしげるばかりで、やはり何もわかりません。このままでは、いつ目が見えなくなるかもしれないと言われ、別の病院での診察を奨められるだけでした。

ある日、母は病院から帰るなり、私の手を握り締めてこう言いました。
「まゆちゃんの代わりになってあげられたら・・・」
その瞬間、目がパッと開き痛みが消えました。
「見えるよ、痛くないよ、お母さん!」
ところが、なぜか母が目を押さえて苦しんでいます。
横に背の高い痩せた男がいて、長い爪をした手のひらの上で二つの白いものをころがしていました。私には、わかりました。それはえぐり取られた母の目玉でした。釘付けになったように、動こうにも動けず、何か叫ぼうとしても声になりません。男は私には見向きもせず、煙と共に消えてしまいました。

ハッと我に返ると、必死で母の元に寄り、泣きじゃくりながら肩をゆすりました。
「お母さん!お母さん!大丈夫!?」
母は押さえていた手を顔から離し、
「まゆちゃんは大丈夫だった?」と優しく私に問いかけました。
目があるはずの場所には、黒く穴が空いていました。
声にならない声を上げて私は泣きました。
「まゆちゃんの目が見えるようになったんだもの、お母さんは安心したわ」と自分の目がないことに気付かないのか、私に顔を向けて微笑んでいました。見えなくなった母の代わりに、それからは食事の支度や掃除、洗濯は私がすることになりました。

7歳の誕生日、母は朝から何かに怯えていました。
「どうしたの、お母さん?」
「ううん、何でもないのよ。まゆちゃん」と、母はかすかに微笑んでいました。その時です、急に両足が動かなくなってしまいました。
「お母さん助けて!足が、足が動かない」みるみるうちに紫色に腫れあがり、足首はメキメキと関節とは逆に折れていきます。助けを呼ぶ声が聞こえるはずなのに、母は手を合わせて何か呟いていました。こちらを向くと、「まゆちゃん、もう足は治っているでしょう?」と聞きました。
本当です、私の足は元通りでした。しかし、母を見たとたんに、私は凍りつきました。
「お母さん、お母さんの足が・・・」
「大丈夫よ。まゆちゃん」
「で、でも」
「あなたの足が元に戻ったんですもの、よかったわ」
その日から母は車イスに乗るようになりました。

また1年が過ぎ、8歳の誕生日。
今度は左手の指が一本ずつ縮んで手のひらに埋もれていこうとしています。もう偶然じゃない。そうです。私は1年毎に、何か得体の知れない物に身体を傷つけられるのです。
異変を知った母が、私の手をさすりながら何か呟きました。その瞬間に包丁が落ちてきて、母の左手首を切断してしまいました。私には、左手の指が何ごともなかったようについています。

9歳になると、左耳が聞こえなくなりました。
10歳の時、舌を切断し、口が利けなくなってしまいました。
11歳の時、右腕全部を失いました。
12歳の時、右脚の骨が溶けて無くなりました。
13歳の時、左脚がやはり溶けて無くなりました。
14歳の時、肋骨を右側全て取り出しました。
15歳の時、左側全ての肋骨を取り出しました。
母は全く動かせない身体になってしまいました。
私の誕生日に必ず「何か」を呟いて・・・
(続く)